関東学院大学 理工学部 准教授

堀田 智哉

2017/3     博士(工学) 東京理科大学
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2017/3     博士(工学) 東京理科大学
2017/4‐2020/3  関東学院大学理工学部助教
2020/4-2023/3  関東学院大学理工学部講師
2023/4     関東学院大学理工学部准教授
[専門分野] 転がり軸受工学、機械要素・機械設計、トライボロジー、材料工学

コラム執筆にあたって

転がり軸受(ベアリング:Bearing)は、さまざまな機械に使用される重要な機械要素ですので、機械系の技術者であれば、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。しかしながら、転がり軸受については大学などで教えることは、ほとんどありません。本連載では、そんな転がり軸受の基本について解説していきます。

 第3回目となる今回は、転がり軸受の材料について解説します。

軸受軌道輪と転動体の材料

 軸受軌道輪と転動体の材料には高い硬度、転がり疲労耐性、寸法安定性および高いじん性などが要求されます。用途に応じて、以下の材料が使い分けられています。

高炭素クロム軸受鋼
 最も一般的に使用される材料で、約1%の炭素と1~1.5%程度のクロムを含有している鋼材です。この鋼材は通常焼き入れ・焼き戻しの処理をおこない、58~65 HRCの硬度に仕上げます。また、軸受の信頼性を高めるために、製鋼時に真空脱ガス処理をおこない、アルミナなどの非金属介在物や含有酸素量を可能な限り減らしています。JIS G 4805に規定されている高炭素クロム軸受鋼のうち、中形以下の軸受で最も多く使用されているのがSUJ2です。肉厚の軸受にはマンガンが多く焼き入れ性の良いSUJ3が使用されます。また、大形や超大形にはSUJ5が使用されます。

浸炭軸受用鋼(肌焼鋼)
 衝撃荷重が加わる場合には、炭素量が0.15~2%程度のクロム鋼もしくはニッケルクロムモリブデン鋼が使用されます。この鋼材は表面が硬く、内部が柔らかくなるような適切な浸炭深さで仕上げることのできます。これらの鋼材も高炭素クロム軸受鋼と同様に真空脱ガス処理がおこなわれます。

高温軸受用鋼
 通常、軸受の最高運転温度は120℃程度で、150℃を超える場合には、新たに“焼き戻し”が起こります。この焼き戻しによって、材料の硬度が低下するため、軸受強度、疲労耐性が低下してしまいます。また、このような高温環境下では、鋼中の残留オーステナイトが徐々に熱分解されることで、軸受の寸法が変化する時効変形と呼ばれる現象が発生します。この時効変形によって内輪が膨張してしまうと、軸と内輪間のしめしろ不足となり、内輪クリープが発生することがあります。そこで、120℃を超える準高温で用いる軸受には、特殊な熱処理(寸法安定化処理)を施すことで、寸法の変化を抑えます。この処理によって、250℃程度までは寸法を安定化させることができますが、硬度は通常の軸受よりも低下します。さらに高温(500℃以下)で使用される軸受に M50やM50NiLと呼ばれる高温軸受用高速度鋼が用いられます。

ステンレス鋼
 耐食性が要求される場合には、SUS440Cなどのクロム含有率の高いマルテンサイト系ステンレス鋼が使用されます。

セラミック
 耐食性、耐熱性および耐薬品性が必要な箇所や、高速回転の場合、電食の対策が必要な場合にはセラミックが使用されます。非酸化物系セラミックス(窒化ケイ素、炭化ケイ素など)と酸化物系セラミックス(アルミナ、ジルコニアなど)に分かれますが、工作機械などに実用されているのは、窒化ケイ素です。

保持器の材料

 保持器は、転動体を等間隔に分けるための部品です。保持器の材料には、摩擦、歪み、慣性力(遠心力)のほか、転動体の進み遅れによる繰返し応力への疲労耐性や潤滑剤などによるケミカルアタックを考慮する必要があります。

金属製打抜き保持器
 打ち抜き(プレス)保持器の材料には、SPCC、SPHCおよびSPB2など低炭素の冷間または熱間圧延鋼板が用いられます。また、用途によってはSUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼板や黄銅板が用いられることもあります。

金属製もみ抜き保持器
 もみ抜き(削り出し)保持器の材料には、CAC301などの高力黄銅鋳物が用いられます。大形軸受や化学反応によって時期割れ(応力腐食割れ)が発生する恐れのある場合には、S25Cなどの炭素鋼が用いられます。

樹脂製保持器
 樹脂製保持器には一般的に、ガラス繊維で強化したポリアミド(PA66)を射出成形したものが用いられます。そのほか、ガラス繊維の入っていないものやPA46製のものもあります。また、フェノール樹脂や耐薬品性能の高いPEEK樹脂なども用いられ、いずれの材料も、ガラス繊維や炭素繊維で強化して用いられています。樹脂保持器は軽量で耐食性があるほか,減衰性,潤滑性能にも優れた特性をもっています。

シールの材料

 シールは転がり軸受の側面に取り付けられ、外部からの異物侵入防止、内部からのグリース漏れ防止のために使用されます。金属製シールドには鋼板(S25Cなど)が使われています。ゴムシールの材料には一般的に、耐薬品性能に優れたニトリルゴムが用いられています。そのほか、ポリアクリルゴムや耐熱性に優れたシリコンゴムやフッ素ゴムなどが用いられます。

 次回は、転がり軸受の潤滑について解説します。