スペイン語通訳・翻訳 スペイン語講師

杉田 美保子

スペイン・バルセロナ滞在 27 年を経て、2015 年に帰国...もっと見る スペイン・バルセロナ滞在 27 年を経て、2015 年に帰国。
金沢市の北國外国語カレッジを中心に、スペインの生活とスペイン語の楽しさを細々と伝授中。「故郷」バルセロナとはリモートでつながりながら、日本の生活も楽しんでいる。
京都のバルセロナ文化センターのスタッフとして、ますます活動の幅を広げていくべく、挑戦中。

スペインの教育文化スポーツ省認定のスペイン語能力試験 DELE の C1(上級)所持。

古いモノの価値は、ここ 40 年でかなり変わってきていると思います。その昔は「古い」=「きたない」となり、新しいものに作り変えられたものですが、その「古い」が「レトロだ」「アンティークだ」となり、脚光をあびることとなります。

歴史的建造物の保存方法

金沢でも、74 年間の陸軍施設、47 年間の金沢大学キャンパスとして利用され、近代化された経緯を持つ金沢城公園の内部で、五十間長屋や橋爪門の復元が行われ、最近では金沢城二の丸御殿の「表向(おもてむき)」の復元の可能性が大きいというニュースが流れたりしています。また、城下町を中心に、金沢町家を保存しようという動きも起こっています。ざっくりとした線引きでは、昭和 25 年以前の建物を金沢町家と呼ぶようで、今でも 6000 棟ほど市内にあるそうですが、古い家のリフォームは敬遠され、取り壊しを勧められるケースもあるんだとか。実際、寒暑対策などが難しく、冬は寒く夏は暑い家が嫌われるためです。木、紙で出来た日本家屋の寿命はやはり短いといえますね。

金沢の浅野川大橋は登録有形文化財に指定されている。 春休みの東茶屋街

金沢の観光地の一つである東茶屋街近くに越してきて 2 年ほど。何が良いかと言えば、徒歩圏内に様々な記念館があることでしょうか。日曜日の暖かな日差しの中、徳田秋声記念館、泉鏡花記念館とハシゴをし、金沢の三文豪の二人にあやかり、このコラムも素晴らしいものになりますように、と言う願いを込めました。その徳田秋声記念館は彼の出生地に近い、浅野川にかかる梅の橋のたもとにあります。また、泉鏡花記念館は鏡花の生家跡に増築・改修され、外から見ると、蔵が立派な建物です。外観のシックな造りと、現代的ではあるものの、古風な装飾の内部は、見事に昔のスタイルが復元されています。

では、スペインでは、こう言う古い建物はどうなるのでしょうか? ほとんどがレンガや石造りの建物は、日本に比べると耐久性に富んでいるわけです。そんなに簡単に壊してしまうには惜しい、と思われます。

バルセロナの町にも、100 年以上の時を経た、数多くの建築物があります。その中で今日ご紹介するのは、闘牛場です。昭和最後の年に日本を出たため、当時は「スペインっていうと、やっぱりフラメンコと闘牛だね」と言われたのが懐かしいですね。それから 30 年が経ち、スペインのオリーブオイル、スペインの生ハム、世界遺産のガウディ、アンダルシアの白い村々、などなど、スペインのイメージは膨らんできています。

モニュメンタル闘牛場
Sombra という文字が右端のタイルモザイクで読めるが、日向(SOL)と日陰(SOMBRA)で観客席の値段が違った

実は、バルセロナのあるカタルーニャ地方では近年、闘牛の開催を禁止した時期があったのです。議会で禁止が可決された時には、涙を流して悔しがった開催賛成派議員もいたほど、賛否両論ある闘牛です。さて、その闘牛を行うための闘牛場は、今どうなっているのでしょうか?

バルセロナには、二つの闘牛場があります。一つが「Monumental(モヌメンタル=モニュメンタル)」といわれるもので、もう一つが「Las Arenas(ラス・アレナス=アリーナ)」です。筆者がバルセロナ在住中には、サグラダファミリア教会近くのモニュメンタル闘牛場では数々のイベントが行われ、ホイットニーヒューストンのコンサートで初めて足を運びました。そして、スペイン広場やオリンピックスタジアムのあるモンジュイックの丘にほど近いラス・アレナス闘牛場は、当時闘牛ではなく、サーカスが行われたりもしていましたが、その後かなり長い間内部には入れない状態になっていました。それもそのはず、最後の闘牛が行われたのが 1977 年ということで、それから21世紀に入り、復興されるまで、30 年以上も閉鎖されていたのです。

少し調べてみたところ、このラス・アレナス闘牛場の完成は 1900 年。14,893 人収容で、建築家であり教授であったカレラス氏によりデザインされたそうで、直径は 52m。既存の闘牛場が手狭となったための新築だそうです。

闘牛場の真横には地下鉄の入り口やバス停がある。地下には駐車場も作られている

それが、バルセロナオリンピック開催決定後の 1988 年には、新しい見本市会場建設のために解体される危機に瀕しましたが、その歴史的価値から解体には至らず、その次の年にはバルセロナ市役所による買い上げ・保存の話も持ち上がったものの、そこにも至らず、なんと、最終的には、その 10 年後、1999 年にアミューズメント施設としての開発として、不動産開発会社に買い取られたのです。2009 年完成予定が少し伸び、2011 年春にショッピングセンター、レストラン、映画館、スポーツジムなどの入る複合レジャー文化施設に生まれ変わったのです。

夜の闘牛場Las Arenasは、ライトアップされ、屋上に上がれる。左のタワーが有料エレベーター

当初、全てを取り壊して、一から建設する方が、数段安く上がったということですが、1900 年のネオムデハル様式(アラブの風合いを取り入れた、19 から 20 世紀にかけてのイベリア半島の芸術・建築様式)を守ることが重要とされたため、その工事は大変なものとなりましたし、市民も長年の工事にうんざりしていたものでした。

屋上からは、スペイン広場、モンジュイックの丘といった景色が臨める

吹き抜けとなった内部には、季節によって装飾が変わる。子供達が遊べるスペースとなっている

でも、今は、ここに行けばスーパーあり、レストラン・カフェあり、屋上の見晴台は 360 度、町の景色を楽しむことができます。昼間に行くもよし、夜景も美しく、夏の夕涼みには最高で、バルセロナの新しい観光スポットとなっています。

高所恐怖症の方には辛い空間

百聞は一見にしかず。この闘牛場の様子をご覧ください。12 月になると、内部も屋上もクリスマスの装飾となり、高所恐怖症の人にはハードルの高いガラス張りのエレベーターや、吹き抜けを登っていくエスカレーターがあります。

昔日の闘牛場の日向と日陰で料金の違う観客席や、土埃の中での闘牛士の立ち振る舞い、戦わされる牛、観客の歓声がここにあったことが、まるで嘘のようです。古いものを復興させるということは、単に復元するだけでなく、時代のニーズに合ったものを創り出すことなのかな、これもアリなのかな、と思いつつも、現代の消費社会にちょっと胸を痛めてもいる今日この頃です。

ナバラ県のメンディゴリーア(Mendigorría)村での牛追い。闘牛とは違う。どちらが逃げ惑うのか。

闘牛士の出る闘牛とは別に、牛追い祭りがある、と以前ご紹介しました(スペインのゆとり、日本のゆとり『スペインの世界遺産 巡礼の道 No.3』)。スペインで一番有名なのがパンプローナの牛追い祭りです。

でも、この牛を刺さないお祭りは、実はスペイン各地で行われているのです。町中を柵で閉鎖して、その中に牛を放し、肝試しよろしく牛を追って走るお祭りは、牛を追い、牛に追われ、どちらが追われているのかわからなくなるほど盛り上がります。そして、毎年けが人が出るにもかかわらず、開催されるのです。こういうところも、あくまでも、自己責任で、という文化なのですね。

では、また来月お会いしましょう。

 

¡Qué te vaya bien! (ケ・テ・バジャ・ビエン)

うまくいきますように!  の意