国際ビジネス & スポーツアナリスト

タック 川本

1943年 東京生まれ。

早稲...もっと見る
1943年 東京生まれ。

早稲田大学卒業後、南米アマゾン河で探索、研究生活をおくる。

米国にて国際情報社会学、インターナショナルスポーツファイナンシャルマネージメントを研究し、中西部を中心にビジネスコンサルタントとして活躍。メジャーリーグ、カンザスシティ・ロイヤルズのインターナショナル・オペレーション、ベースボールマネジメント、カナダのモントリオール・エクスポズを経て、ロサンゼルス・エンゼルスの国際編成に移籍。現在、日米で国際ビジネス&スポーツアナリスト、講演家、著述家としてテレビ、ラジオ、講演会などで幅広く活躍中。

[著書] 『これでメジャーリーグが100倍楽しくなる』(ゴマブックス)、 『いらない人は一人もいない』(ゴマブックス) アマゾンドットコムでベストセラー1位獲得!、 『アマゾンインディオの教え』(すばる舎)、 『メジャーリーグ世界制覇の経済学』(講談社)、 『ビッグリーグ、ビッグゲーム』(日刊スポーツ出版社)、 『メジャー流ビジネス成功鉄則』(中央公論新社)、 『新庄が「4」番を打った理由』(朝日新聞社)、 『メジャーリーガーになる本』(すばる舎)、など多数。

24 歳の時であった。以前からアマゾンのジャングルで自給自足の社会に興味を持っていた私は、生まれて初めてアマゾン・ジャングルの地を実際に訪れ、そこに住むインディオの生活に触れることができました。そしてその帰り道、大きな満足感に浸って、何気なしにアメリカ・サンフランシスコへと立ち寄り、そこで私は初めてメジャーリーグの試合を観戦しました。お金もあまり持っていなかったので安い外野席での観戦でしたが、5 万人の観衆がたった 1 個のボールの行方に熱狂するスタジアムの雰囲気に、私は文字通り圧倒されました。「ベースボールというスポーツは、これほどまでに人の心を感動させるものなのか」そうしてアマゾンの地で感じたものに勝るとも劣らない充実感が、私の中を駆け巡っていきました。

17 歳の時にある先輩から「君は何んで、何のために生きているのか」と質問されたことを思い出しました。

時は流れて現在、メジャーリーグの試合は、シーズン中になれば、ほぼ毎日、テレビで衛星放送を観戦することができるようになりました。そして、あの時私がサンフランシスコで感じた感動を今また多くの日本にいる人々へ提供しています。皆様の中にも「はじめは日本人選手がいるから興味本位で見ていたけど、やっぱりメジャーリーグは迫力が違うな」などと思ってくださる方がいらっしゃるなら、メジャーリーグに携わる一人の人間としてこれほどうれしいことはありません。実際にメジャーリーグでは、プロ意識の中、エンターテイメント、ショービジネスとして人々を楽しませる仕組み、環境を作り上げています。

本稿では超競争社会のメジャーリーグについて 9 つの視点でお話しします。今月は、第 1 から第 3 の視点です。

第 1 の視点 名選手は 1 日にしてならず

メジャーリーグ エンゼル・スタジアム ワールドシリーズの盛り上り エンターティメント・ショービジネス

困難なことから始めてみよう

野球の世界でもビジネスでも、人は己を知らなければ成長できない。現状の自分に足りないものは何か?  困難だと思われるものは、果たして本当に困難なものなのだろうか?  他人が困難だと言っているから、自分にも困難だと勝手に決めつけているのではないだろうか?  困難な目標を最初に建てることにより、自分の足りない部分のイメージを明確にすることこそ、自らを大きく育てるための第一歩なのである。たとえば、新人として営業部に配属された社員がいるとする。飛び込みでいろいろな顧客に対して、営業をかけなければならない。その時に、まずは少ない件数を一軒一軒じっくり回り少しずつ慣れていくという方法では、なかなかの営業成績が、他の営業マンより抜きんでるということはないであろう。なぜなら同じ営業マンには、すでに何年も経験がある人がいることも多いからでしょう。

メジャーリーグでは一流選手を育てる方法として、まず 1000 段目を目指すことを教え、言い聞かせる。まずは世界の最高峰を目指すことにさせる。コーチたちはドラフトされたばかりの若手選手に厳しい口調でこう語る。「君たちは優れた選手として選ばれて今ここにいる。目標はあくまでメジャーリーグである。この目標だけは忘れてはならない」若手選手たちもコーチの言葉に反応する。「そうだ、俺の目標はメジャーリーガーになることだ。マイナーリーガーで終わってしまうことではない」

 

1000 段目の階段がメジャーリーグとする。階段の途中はマイナーリーグと呼ばれ、ルーキー、1A、2A、3A、と四つの段階に組織されている。ドラフトされたばかりの選手は、まだ階段の下にいる、といったところだ。メジャーリーグの各チームは、3A、2A、を各 1 チームずつ、1A とルーキーは複数のチームを持っている。合計すると七から八チームとなり、その選手の層の厚さと裾野の広さを誇る。メジャーリーグの一球団に所属する選手の数は、傘下のマイナーチームを含めて約二百二十人からから三十人、大きく分けると、八十人の投手、残りの百五十人が野手である。野手のポジションは八つ、計算上では一つのポジションに十九人の選手がいることになる。もし自分が遊撃手であれば、そこには十八人のライバルがいて、同じようにメジャーリーグの遊撃手のレギュラーの座を狙っているわけだ。だが、実際にその目標をかなえるのは、ほんの一握りの選手で、ほとんどの選手は 1000 段目を踏むことなく、つまりメジャーリーガーになることなく選手生命を終えていく。球団に所属する選手のうちメジャーの選手枠に登録できるのは二十五人に過ぎない。メジャーリーガーになれるのはたったの 10 パーセントである。困難な練習を最初にすることによって、選手たちは自らボールを捕りに行くという意識を、言葉ではなく身体で知ることができる。ひいてはメジャーリーガーとしてお客様に驚きと感動を与えるにはどうすればよいか、ということを身体で自ら知ることができる。己を知らなければ成長することができない。一緒に階段を上がってきた仲間の中には、余儀なく階段を下りて行かなければならない者もいる。悪魔の壁と闘いながら 1000 段の壁を目指すことは困難なことでもある。しかし、困難なことこそやりがいと価値がある。

ロスアンゼルス・エンゼルス スプリングキャンプの選手達

まずは困難な目標を立ててみようではないか。困難を乗り越えることによって、より価値の高い未来を手に入れることができる。「名選手は一日にしてならず」 、「ローマは一日にしてならず」、「またメジャーリーガーも一日にしてならず」。

第 2 の視点 失敗から自分流の成功をつかみ取る

カンザスシティ・ロイヤルズ キャッチャー・ミーティング

コーチは自ら教えない

あなたが会社で一番信頼している先輩や上司のことをイメージしてほしい。彼らが仕事のやり方などで試行錯誤しているとき、何も言わずに、すぐにその部分を指摘してくれて、親切にその答えを示してくれるだろうか?  ここで大半の人は「イエス」と答えるはずである。そして、そのように親切だからこそ、いわゆる「いい先輩」「信頼できる上司」であると考えているからである。でももう一度考えてほしい。本当にそれが信頼できる人なのだろうか?

私が、カンザスシティ・ロイヤルズで仕事をしていたころの話である。ホセ・タータブルというルーキーチーム専門のコーチがいた。彼は三十五年の経験を持つベテランコーチでもあった。彼の息子ダニー・タータブルはかつてシカゴ・ホワイトソックスプレーしていたこともあり、タータブルコーチは若い選手たちを自分の息子のように扱い、その指導の様子は極めて印象深いものがあった。あるシーズンのスプリングキャンプに、日本のプロ野球球団のコーチと日本人選手がアメリカの野球を少しでも肌で感じようと参加していた。

日本から来たコーチには、アメリカのコーチの指導法には日本とのどのような違いがあるのかを知りたいという目的があった。マイナーの選手に混じって、日本人選手がバッティング練習をしていた時である。ピッチャーのボールが日本より速いせいか、その現役選手のバットはすべて振り遅れてしまい、すべての打球がファールゾーンに切れ、白線の外側へと飛んで行ってしまった。選手は自分のバッテングフォームのどこに欠点があるのかわからなかった。「打球がどうしてファールゾーンに切れてしまうのですか」「どうしたらいいでしょうか」と日本人選手がコーチに尋ねた。「そうだな、あそこにいるアメリカ人コーチに聞いてみようじゃないか。その時日本人コーチが、タータブルコーチに近づいて、選手についてアドバイスをするように求めた。するとタータブルコーチは右手の人差し指で自分の目を指して短い言葉で言った。「目を開いて見たらいい」日本人コーチも、選手もどう反応してよいのかわからなかった。二人はメジャー球団のベテランコーチが、選手の打球がファウルになる理由を得意げに詳しく教えてくれるものと思っていたから、タータブルコーチの反応には戸惑いを隠せなかった。きょとんとする二人にタータブルコーチは、今度は違うアドバイスをしてきた。人差し指で頭を指して二度繰り返して笑顔で言った。「頭を使って考えなさい」「頭を使ってですよ」またまた二人は呆然と立ち尽くすばかりだった。日本人コーチはタータブルコーチに質問した。「なぜファールになるのか、教えてくれないのですか、なぜ質問したことに対してアドバイスを与えてくれないのですか」。すると、タータブルコーチは笑いながらこう答えたのだった。「アドバイスはしっかりしましたよ。『自分で考えて、答えを見つけてみなさい』という言葉が最高のアドバイスですよ。成功者の真似をするなよ。マグワイヤやソーサの真似をしていたら、それ以上の結果は一生残せないぞ」。徹底的に悩んでみる。自分の頭で考えてみる。何度でも自分と向き合ってみる。そこから自分流を見つけるのだ。だから手取り足取り教えてくれる人間など必要ない。プロは自分流、自己流を見つけ出す。メジャー流「コーチが教えないのが教え」なのだ。

第 3 の視点 目標は細分化して考えよ

カンザスシティ・ロイヤルズ時代の筆者

大きなことは細分化して考える

人は大きな目標を前にすると、その目標が大きければ大きいほど、ひるんでしまうものである。あなたは仕事で、社運をかけるような重要なプロジェクトを任されることになった。みんなの期待を一身に背負う。任されたチャンスなのだから、あなただってもちろん成功させて、上司から評価されたい。でも、それだけ大きな仕事であれば困難やトラブルが次から次へとあなたに襲いかかることだろう。どうにもならないと逃げだしてしまいたくなることもあるだろう。しかし、それはその大きな目標を「一つの大きな目標」と考えてしまうからである。そのような考え方は、昨日までのあなたの考え方としよう。

今日からは、その目標は『小さな目標の塊』だと思えばいい。要するに目標を細分化して考える癖をつけてしまえばいい。どんな大きな山でも、一歩一歩登れば必ず頂上にたどり着けるのである。焦ることはない。自分のペースで、自分流で登っていこう。メジャーリーガーを目指すものにとっても、ビジネスで一流になろうとする者にとっても、どちらにも共通して言えることである。しかも、その見据えた目標が高ければ高いほど、その困難は高く険しいものになる。しかし大きいからと言ってひるむ必要など全くない。どのような大きな目標でも、それを克服するための手段は必ずある。大きな目標をまず、できるだけ細分化して考えてみることだ。不確実な部分や見えない部分はとりあえず置いておき、自分の到達しそうな目標を見据えること。このように頭を一度整理してみるとよい。

  • 不確実なものは受け入れない。
  • 目標をできるだけ細分化する。
  • 認識しやすいものから複雑なものへと順序を想定して進む。
  • 全体を振り返り完全な列挙を行う。

この考え方はデカルトの良識「理性」の四つの法則からきている。メジャーリーガーなら誰しも、成功をつかみ取るために実践してきた基礎的な方法論である。またメジャーリーガーを育てる球団のプレーヤーズディベロップメント「選手育成課」の選手育成論にも応用される考え方でもある。カンザスシティ・ロイヤルズのプレーヤーズディベロップメントで部長を務めていた、ジョー・クラインは、選手育成について次のように語った。

 

「選手育成課の役割とは、選手を熟成させること、といってもいいでしょう。扱う選手各々育ってきた生活環境も違えば、ベースボールをやってきたバックグラウンドも違います。いくらドラフトという一定枠をクリアして入団してきたからといっても、ベースボールの実力も、人間性も人によって違うのは当然です。私もロイヤルズ時代見てきた中で、『選手各々、才能も実力も違うものです。選手育成する初期の段階では、彼らの才能を伸ばすためにあったプログラムを作ります。全選手同じマニュアルの下で同じように養成することはできません。彼らをすべて同じように育成したとしても、同じように成長することは不可能です。選手それぞれの長所も違えば、成熟する期間も異なります。一流のメジャーリーガーになるまでには、その選手に何が不足しているのか見極めていくことが重要なのです。重要なのは、メジャーに昇格するまでの期間は長短さまざまでも、メジャーで活躍するための精神力や身体能力を、マイナーで鍛えることです。』」