スペイン語通訳・翻訳 / スペイン語講師

杉田 美保子

スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。...もっと見る スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。
石川県金沢市でスペインの生活や、スペイン語の楽しさを細々と伝授中。「故郷」バルセロナとはリモートでの繋がりが中心となっている中、余暇に畑を耕したりしながら、日本の生活も楽しんでいる。
京都のバルセロナ文化センターのスタッフとしても、どのようにしてスペイン語の面白さをみなさんに伝えられるか、日々模索中。

スペインの教育文化スポーツ省認定のスペイン語能力試験 DELE の C1(上級)所持。

今まで生きてきた時間の半分以上をヨーロッパで過ごし、いろんな人種、いろんな職種、いろんな年齢の方とお付き合いして来ました。人種でも、職種でも、年齢でも、そんなに簡単にカテゴリー化することは不可能なのですが、今回は、現在「#Me Too」を始め、とり沙汰されている「性別における平等・不平等」というものを、いくつかの例を挙げてご紹介しましょう。

男と女、なぜ区別?

レディーファースト?

男性と出かけると必ずドアを開けて、先に通してくれたり、出入り口で同じタイミングでドアを通るときには、知らない人であっても、「どうぞ」というジェスチャーとともに先に通してくれるのがヨーロッパです。相手が 75 歳を過ぎた杖をついたご老人でも同じです。これを「紳士的な振る舞い」というのでしょうか? あくまでも女性は弱いので、守るべきもの、という観点からなのでしょうか?

では、ドアを先に通してくれるから、男性は女性を敬っていると考えられているのか? そうではない、と言い切るスペイン人に出会いました。

「美保子、階段は僕の後ろから降りてね」。私が不思議そうな顔をしたんでしょう、「僕は、レディーファーストなどと言って、行く先に何があるかわからないところに女性を先に歩かせるなんて、ごめんだね。階段では、美保子がつまずいて落ちても、下には僕がいるから大丈夫だ。」

レディーファーストの起源は、男性のために女性が前もって色々な準備をすることが、上流階級の淑女のたしなみだ、ということで始まった、という説があるそうで、確かにスペインにも Falange (ファランヘ党)により、1953 年に「良き妻となるためのガイドブック」なるものが発行されました。それを読み進めていくと、当時のスペインの時代背景が頭に浮かんで来ます。

1953 年に出版された「良き妻となるためのガイドブック」

女性は家庭に入り、食事、掃除、洗濯、子供の教育、そして夫をくつろがせる努力は惜しむな、というマニュアルで、65 年前のスペインの男女関係が垣間見えるものとなっています。

  1. 夕食の準備は完璧に
  2. 美しさを前面に
  3. たおやかでいて聡明でいましょう
  4. 家を清潔にたもちましょう
  5. パラダイスにいる居心地を演出しましょう
  6. 子供の身支度を済ませましょう
  7. 音を立てる時は最小限に
  8. 幸せそうに振舞いましょう
  9. 夫の話を聞きましょう
  10. 夫の身になって考えましょう
  11. 文句は言ってはいけません
エキストラ.  彼を安心させましょう

それが、今はどうでしょう?  現代言われている「レディーファースト」、つまり、「女性は先にどうぞ」という紳士的な国に変わってしまったのです。一体何が起こったのでしょうか?  到底答えの出る問題では無いので、次にバルセロナに行く時の宿題ということで、保留としておきます。一つ感じるのは、女性が家庭を守り、男性が外で仕事をする、という構図は、経済的に難しくなり、今や女性が働かざるして家庭は成り立たず、「専業主婦」「寿退社」という言葉すらなくなりつつあるのが、スペインです。

男尊女卑?

さて、次の例は、日本での夫婦別姓の件にも関連します。結婚後は、基本女性は男性の姓を名乗ること、となっているのが日本です。その点をバルセロナの友達のお母さんに話したことがあります。

 

美保子「ねえ、ドロースさん。日本って、ほんと、女性だと、結婚すると生まれた時の姓までなくしちゃう。その点スペインは結婚しても姓が変わらないからいいわよね、男女平等で」

ドロース「あら。スペインだって日本とおんなじよ」

美保子「え?  結婚しても、夫婦別姓じゃないですか。どうして日本と同じなの?」

 

そこで教えてくれたのが、以下です。

 

スペインでは、子供が生まれると、父親の姓と母親の姓を一つずつ付けていきます。つまり、名字が二つあることになります。

女性のマリア・ヒメネス・マルティネスさんと、男性のフリオ・ゴメス・ゴンザレスさんが結婚すると、この 2 人は夫婦となります。日本と違うのは、マリアさんも、フリオさんも、生まれた時の名字をそのまま使うのです。ですので、仕事上での混乱もなく、保険証であったり、免許証であったりの名義変更は発生しません。

 

ここで、マリアさんとフリオさんに子供が生まれます。女の子と男の子の双子です。

 

イサベル・ゴメス・ヒメネス(女児)

アントニオ・ゴメス・ヒメネス(男児)

 

最初にお父さんの一番目の名字。次にお母さんの一番目の名字です。

 

ゴメスもヒメネスも、マリア・フリオ夫婦のそれぞれの父親の一番目の名字であり、マルティネスとゴンザレスはマリア・フリオ夫婦それぞれの母親の一番目の名字です。よって、イサベルとアントニオの「おばあちゃん」たちの名字(マルティネスとゴンザレス)は、ここで消えていきます。

 

さて、イサベルとアントニオが成長し、それぞれ結婚し、子供が生まれたらどうなるでしょう?  こちらも女の子と男の子の双子です。

 

イサベル・ゴメス・ヒメネス(女性)がトマス・フェルナンデス・ガルシア(男性)と結婚。

 

ラウラ・フェルナンデス・ゴメス(女児)

ホセ・フェルナンデス・ゴメス(男児)

ということで、それぞれのおばあちゃんたちの名字が消えてしまうのです。マリア・ヒメネス・マルティネスの「ヒメネス」は、マリアさんのお父さんの名前でもあるのに、です。お父さんの名字も、女児が二代続くと、伝承しなくなって行くのです。

 

さて、ここでイサベルの双子の男の弟の場合はどうなるのでしょう?

 

アントニオ・ゴメス・ヒメネス(男性)がカルメン・マルティネス・サンチェス(女性)と結婚。

 

ややこしいですが、この姉弟、それぞれの子供に同じ名前をつけてしまいます。

 

ラウラ・ゴメス・マルティネス(女児)

ホセ・ゴメス・マルティネス(男児)

 

イサベルとアントニオは姉弟で、同じ名字なのに、結婚して子供が生まれると、その子供達の名字は一番目と二番目、位置が違ってきます。つまり、男性の名字だけが残って行く、というシステムなのです。これをもって、「スペインも日本とおんなじよ」というドロースの言葉になるのです。家を継いで行くのは男性のようです。

女人禁制?

さて、カタカナの頭の体操の後は、女人禁制のお話。今、お相撲の土俵に女性が上がれない、ということで物議を醸している日本ですが、スペインの北のバスクとナバーラ地方には、男性だけしか入れない、美食倶楽部、なるものが存在します。

エプロンをかけ、調理場に立つ男性たち。ここに女性を排除する、という「気」は漂ってこない

一軒の建物を会員たちで借り切り、そこで美味しい料理を作り、その後ワインとともに食する、みんなで歌を歌う、そして後片付けをみんなで行う、というもので、この「ソシエダー(Sociedad)」と呼ばれる美食倶楽部は、女人禁制です。元来は、家庭で重要な存在が女性であり、その家庭から逃げ出し、女性からの監督を逃れるための憩いの場、というのがこの美食倶楽部となったのだそうです。ここでは、料理を作るのも、食すのも、片付けをするのも男性のみ、で、今もキッチンには女性が入ってはいけない、という規則が続いています。ただ、近年には週末のみ、女性の家族、恋人などを招待しても良いとされる倶楽部も存在します。何れにしても、女性は決してキッチンに入ってはならない、というのは、相撲の土俵と同じですね。

 

「1 人の時は、何にも料理したくないわ」という家庭の主婦たちとお話しすることがありますが、なんだかナバーラ地方にお嫁に行きたくなりませんか?  だって、キッチンが女人禁制で、後片付けさえさせてもらえないのですよ!

お皿は美食倶楽部のロゴ入り。ナバーラ地方特産のホワイトアスパラが美味しい

数年前、お仕事でビトリアという町に行き、そこで連れて行ってもらったのがこの写真の美食倶楽部です。通訳の私が行くことにあたり、この倶楽部の会員は会長に確認と許可を取り、筆者もお相伴にあずかることができました。仕事の合間に手長海老を調達し、嬉々として下ごしらえを始めるバスク人たちに、日常生活をいかに楽しめば良いか、ということを学んだ夜でした。「料理するのが苦痛」という言葉は、彼らの顔からは読み取れませんでした。また、女人禁制、とはいえ、こういう時には「あらまあ、嬉しいわ」と素直に喜ぶ筆者、あまり物事を気にしません。写真の料理は、会員たちが用意してくれたもの。下手なレストランには引けを取らない、美味しいものでした。こんなのが週末ごと頂けるのならば、女人禁制もビエンベニード(¡Bienvenido! いらっしゃい! 大歓迎!)です。