株式会社 新興技術研究所 取締役会長

熊谷 卓

1955年03月 東京大学工学部精密工学科卒業
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1955年03月 東京大学工学部精密工学科卒業
1955年04月 マミヤ光機株式会社入社
1962年11月 技術士国家試験合格・機械部門技術士登録
1963年03月 株式会社 新興技術研究所設立 代表取締役就任、現在 同社取締役会長(業務内容:自動組立機をはじめ各種自動化設備機器等の開発・製作・技術指導)

【歴任】
米国・欧州自動化技術視察団コーディネータ 8 回
自動化推進協会 理事・副会長
精密工学会 自動組立専門委員会 常任幹事
日本技術士会 理事・機械部会長
中小企業大学校講師
日本産業用ロボット工業会 各種委員
神奈川大学講師
自動化推進協会理事
高度職業能力開発促進センター講師
等を歴任

【業績】
著書
自動化機構300選(日刊工業新聞社)、メカトロニクス技術認定試験教本(工業調査会)ほか多数
講演
アジア生産性機構講演で自動化システムを W・T・MACS で表示・解析を提示(世界初)ほか多数
論文
自動化システムのデバッギング理論「チェック機構と最適稼働率」が欧州年間論文大賞にノミネイトほか多数
発明
メカトロニクス技術実習モジュールの発明、地震予知システム「逆ラジオ」の発明ほか多数

株式会社新興技術研究所 熊谷会長様のご好意による「生産性向上とメカトロニクス技術講座」の 39 回目、第 5 章「これから面白くなる自動化の考え方・第 4 世代のシステムへ」の 3 回目です。

当月は「真の巧妙性を駆使するベテラン作業員の説明」について紹介します。

5 これから面白くなる自動化の考え方・第4世代のシステムへ(3)

前回のオルゴールの振動板調律の例では、ベテラン作業員が手動で研削しては音程を合わせていたので、巧妙性作業と呼んでもいいわけですが、作業途中の現在値も計測できること、目標値が同様に計測値の数値で表現出来ること、などを考えると第 4 世代のシステムの中でも比較的自動化しやすい部類に属します。

しかし、現在自動化されていない作業にはもっと複雑な、作業員の感覚に頼る工程があります。

大きな問題が発生するのは往々にしてワーク側のバラツキによります。

往年、精密工学会の自動化関係の研究委員会でも、不定形ワークの取り扱いの研究を進めた経過がありますが極めて困難でした。

人間には慣れと工夫という武器があり、はじめうまくいかないことが多くても、工夫を凝らしながら練習すると、やがてバラツキの大きい不定形ワークでも上手に取り扱うことができるようになります。(ここが近い将来 AI の活躍の場になるでしょうが・・・)

典型的な不定形ワークの一例

ここで不定形ワークの例として、使い古しの汚れた硬貨を回収する工程の中の「回収袋の口開け工程」の例で作業者の方の工夫とその自動化の考え方の例を紹介します。

一般に、市場に出回った 500 円、100 円、などの硬貨の古いものは銀行が回収して袋に入れて造幣局に送り、造幣局ではこれを溶融して再生加工して新しい貨幣を作ります。

写真 5-1 は造幣局に届いた回収貨幣の入った袋です。写真で分かるように袋の口に近いところをしっかりと紐で縛って、そこに大きなリボンが付けてあり、縛った紐はあまりよく見えません。

この回収袋は運搬用の木製のパレット上に 50 袋を縦横互い違いに寝かせた状態で積んであります。

写真 5-1 使用済みの硬貨を入れた回収袋 (500 円硬貨なら一袋 100 万円)

ところがここで大きな問題に突き当たりました。

自動化システムを製作するときにまず必要なことはワークのハンドリング上の特徴を知ることで、例えば「この向きに置くと安定するが 90 度回すと不安定になるので、ストッパを右に置き、チャックは左側から掴むように設計する」などというように、対象ワークに対して最適な条件のツールを工夫することが自動化システム設計の重要なポイントです。

そのために、普通はユーザからワークの実物を多数借りて、机の上に転がしてみたり、振動フィーダ上での挙動をチェックしたりといろいろなテストをすることが不可欠です。

ところがこの回収袋の場合、一袋の中身は使い古して汚れたり傷ついたりした貨幣が 100 万円分です。現実に硬貨を詰めた袋をハンドリングシステム設計の参考にしようとしても、ワークは借りられません。

 

そこでやむを得ず袋だけを借りてきて、中にはワッシャーを約 20kg

20kg

詰めたのです。

これを数十袋作って銀行に持って行き、そこでコインの場合と同様に首の部分を紐で締結してもらいました。

写真 5-2 木製パレットに乗せた「ワッシャー入り 回収袋」(中央に重ねてあるのは空袋)

これを運搬用の木製のパレットに載せてみたのが写真 5-2 で、ワッシャーを詰めた回収袋を実験用に縦横互い違いに寝かせて載せてみたものです(中央にはまだ空の袋が重ねてあります)。

現実には、広大な大型倉庫があり、このようなパレットが大量に積み込んであるのを、フォークリフトで運び出して隣接の工場に通じる壁面の開口部へ運搬します。

 

開口部から送り込まれた回収貨幣は写真 5-3 のようにパレットごとコンベアで自動開封システムに搬送します。

写真 5-3 パレットに乗せた回収袋を倉庫の開口部から コンベアで自動開封システムに送り込む

☆☆ 現金が材料に化ける?? ☆☆

回収貨幣の大型倉庫を見学して「大きな倉庫ですね」と言ったら「ここは金庫です」と言われました。写真 5-2 のようにパレットに積んである回収袋はパレット一枚当たり 50 袋で、500 円硬貨の場合 1 パレットが 5 千万円となり、このパレットが 100 枚あれば、それだけで現金 50 億円になります。

 

なるほど大量の現金を保管している「大きな金庫」なのです。

 

写真 5-3 のようにこのパレットが開封装置の設置された工場にコンベアで送られて仕切り壁を抜けたら、そこではすでに「現金」ではなく新しい貨幣を作るために溶融する予定の「材料」になるそうです。

以下、この回収袋の開封工程の自動化について考えてみることにします。

不定形ワークに対応する作業員の工夫

図 5-7A は写真 5-1 に示す使用済み硬貨入り回収袋の外観図です。

図 5-7A 使用済みの硬貨約 20kg を詰めた回収袋

袋は丈夫な麻布で作られています。首の部分を専用の丈夫な紐でしっかりと絞って逆戻り防止用の「絞り駒」を用いることで、絶対に緩まないようになっています。内容物(硬貨)を取り出すには、首のところを絞ってある専用の紐を切らなければなりませんが、強力に絞り込まれているので紐はよく見えません。うっかり刃物を入れると袋に傷をつけてしましいます。

貨幣の種類によって内容物の量は大きく異なり、しかも銀行によって扱いが違うので、袋の全長に対して紐の位置は大きくばらついています。典型的な「不定形ワーク」と言っていいでしょう。

紐の位置をうまく狙ってそこに鋏などを差し込んで紐だけを切る、という厄介な手作業になるわけです。(絞り駒は硬いプラスティックで鋏などで簡単に切れるようなものではありません)

これを自動化するのに手作業ではどうやっているのか、現場のベテランの作業者に聞いてみました。

図 5-7B 袋の口を引き上げながら捻じれば袋が絞られて、 紐の食い込みがやや緩くなる

「はじめはこのまま鋏を突っ込んで紐を切ったんだが、うっかりすると袋に穴をあけたりして怒られたもんだよ、袋はうちのものじゃあなくって日本銀行のものなんだ。」

「先のとがった鋏を突っ込んだって紐がきつく閉まっているからなかなかうまく切れないさ。駒の根元を切りゃあいいんだが食い込んでるからとてもできないさ。」と作業の大変さを強調。

 

「でもすごく効率よく上手にやってますよね。どうやってるのか教えてくれませんか?」とそのベテランに弟子入りするのです。

「だったらさ、はじめは、鋏なんか持たないで両手でやってみな。まずこうギューッとやれば紐が指で触れるようになるんだ。そしたらグイッグイッとねじってこいつを見つけて根元を切るのさ。」

と、多くの場合、現場で長年励んでいる人はきわめて文学的な表現をしてくれます。取材記者ならそれをそのままメモして帰ってきてもいいのでしょうが、自動化システムの開発には役に立ちません。

取材記者ではなく、エンジニヤとしてこの技法を会得して来なければなりません。

次回は紐切断工程の自動化ビデオを紹介し、この場合の自動化システム開発へ進む考え方を述べます。

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