新川電機株式会社

長井 昭二

技術顧問...もっと見る 技術顧問

COP21のパリ協定が締結されました、それに向かってCO2削減する話になるのですが、炭素税は必須です(と思われます)。それでは炭素税はどんな仕組みか、税額はどれくらいになるかという話を探ってみます。

第1章 炭素税のシミュレーション

炭素税は導入するとどれくらい効果があるのでしょうか。そのシミュレーションは世界のいくつかの研究機関が実施しています。このシミュレーションの前提条件、つまり目標のCO2削減量が決まれば、市場経済モデルは既存と類似しており計算しやすいようです。
「気候カジノ」※1の著書の中で参照されているシミュレーション結果を紹介します。
米国の無党派シンクタンク「未来資源研究所(RfF)」が「TowardaNewNationalEnergyPolicy」の報告書で数多くのCO2削減策のシミュレーション結果を提示しています。このシミュレーションは米国国内のCO2削減だけのものですが、その手法は世界で共有できるものだと考えます。前提条件とモデルを簡単に説明します。

(1)炭素税は、2015年から2030年までの合計CO2削減量約12,400百万トン(2030年ベース単年で10%程度の削減)を目標に、2012年に$18/CO2トン、2020年に$33/CO2トン、2030年に$67/CO2トンを想定しています。年ごとに、物価上昇、GDP上昇、実績CO2削減量等が変化パラメータとなっているようです。下図が概略です。

( 2 )炭素税の税収の使い道(消費者還元)のモデルは下図のようです。
基本的に炭素税は全額消費者に減税で還元するモデルです。

上図は炭素税導入で化石燃料市場はその価格上昇で化石燃料の流通を減少させ、その結果でCO2は削減します。炭素税収入(青い四角)は減税(個人、企業)に振り分け還元され(青い矢印)ることで、炭素税での物価上昇、収入減による経済活動縮小インパクトを補完し経済活動を復元するモデルです。これは世界的には一般的です。

(3)自動車排ガス系、と建築基準系の対策は、CO2削減量が目標ではなく、石油の削減が目標のようです。2007年消費ベースから4百万バレル削減を、2020年と2030年に達成できるように設定されています。この方法は良く理解できませんが、輸入原油のみを50%削減し、国内原油の生産事業に支障を出さないCO2削減策と見られます。シミュレーション結果の費用対効果($/CO2トン)は参考になると思われます。

(4)市場機能モデルは、市場の完成度別(3段階)にシミュレーションが実施されていますが、ここでは中間の健全性(Partialfailure、Discountrate10%)を引用しました。
この定義は、「市場は現在価格(PV)にはやや高い割引率を適用し、消費者はエネルギー費用やコストの削減について部分的に理解してない。」というもモデルです。

結果を下表に抜粋しました。この報告書の結論は下表の最下2行で示すように、キャップ&トレード(C&T)や炭素税(CarbonTax)がCO2削減量が一番多く、その費用対効果($12/CO2トン)が一番安価となった。他の対策、たとえば石油税とかLNGトラック導入等よりは有効であるとの見解です。

政策 削減目標
百万CO2トン
効果(累積削減量)
(2010年 – 2030年)
百万CO2トン
効果比率
対目標 %
費用対効果
($/CO2トン)
 石油税(Oil Tax)
ガソリン税(Gasline Tax)
自動車燃費基準強化(CAFE)
LNG トラック(LNG Trucks)
建築基準(Building code)
石油削減量による
目標設定
4,715
2,224
722
1,821
179
38
18
6
15
1
40
22
31
76
25
 キャップ & トレード(C & T)
炭素税(Carbon Tax)
12,400
12,400
12,366
12,181
100
98
12
12

(注)年間平均削減量 826百万トン/年 = 10.3% at 米国 2030base(8000百万トン/年)

この報告書では全シミュレーション結果の棒グラフも用意されています。CO2 削減量の大きいものを左から右に並べたものです。この中に上記に抽出した代表的対策案を強調して表示してみました。

少し見にくいのですが、削減効果の傾向だけみてもらうために引用します。

炭素税と、石油税と比較では、計算前提が異なるのですが、削減量では炭素税が2.5倍以上の効果があります。またRPS(再生可能エネ導入基準)も、まずまずの削減量と安価な費用対効果となっており、炭素税の次に有用な対策に見えます。

この報告書ではC&Tや炭素税とRPS等との組み合わせ対策が、さらに効果が高いことと提言しています。

第2章 次に日本での炭素税のシミュレーショのケースを紹介します。

最近やっと日経新聞が2015年11月30日付で、「COP21と日本(下)炭素税、法人減税と一体で」※2という記事で「炭素税」の必要性を書いています。シミュレーション実施は国立環境研究所、増井利彦、甲斐沼美紀子氏。前提条件と炭素税額の設定は米国のケースと概ね類似していますが、次の違いがあります。

炭素税導入シミュレーション 諸条件
炭素税導入期間 2015年-2030年
炭素税額 2015年から毎年定率で増税し
2030年に18,000円/CO2トン(約$150/CO2トン)
税収増 約10兆円(2013年時点)
GDPの成り行き増加 2013年時点のGDPを75%として2030年に100%
税収の還元と
再投資モデル
所得税減税+法人税減税
法人勢減税の半分が再投資に向かう

 

効果(影響) 成り行きのケースとの対比(2030年時点)
CO2削減量 20%減
GDP 1.9%増
雇用 0.2%増
国内石油価格 66%増($50/バレルから$83/バレル)
激変緩和措置の必要性 鉄鋼と窯業・土石製品製造業

 

炭素税は2015年に13,400円/CO2トン(推定)、各年に定率で上昇していき2030年に18,000円/CO2トンと米国より高額になっています。これはCO2削減量にも関係します。税収は所得減税と法人税減税に還元されるところは同じですが、法人税減税の半分が再投資に向かうというモデルです。それを左表に示します。日経新聞のデータを集約しています。

石油価格など、化石燃料関係物価は上昇しますが、GDPとか雇用への影響はむしろ少し上昇し、CO2は2030年時点で20%の削減が可能です

これを米国ケースのシミュレーション結果と比較すると下記となります。

国別 炭素税額($/CO2トン)
2030年
炭素税によるCO2削減率
2030年の比率
米国 67 約10.3%
日本 150 約20%
日本 77.3(米国換算) 米国と同じ約10.3%なら

日本の炭素税$150/CO2トンを米国のCO2削減率に換算(比例換算)した場合$77.3/CO2トンとなり、だいたい似たような効果があると言えるのではないでしょうか。

第3章 炭素税の日常生活への影響と CO2 削減効果(米国のケース)

第1章、第2章では、日米のシミュレーション結果で炭素税の実用性を紹介しました。この章ではその効果の背景について解説を紹介してみます。

まずエネルギー分野ですが、「気候カジノ」では米国のケースで、炭素税$25/CO2トンの場合のエネルギー価格上昇を計算しています。下表に示します。調達価格が安く、単位熱量あたりの発生CO2量が多いエネルギーの価格が上昇します。石炭が134%上昇、電力は31%上昇します。消費者は電力や石炭の消費は減らしたくなります。

製品 単位 炭素価格なし 炭素価格あり 価格の変化(%)
価格(2005年基準ドル)
石油
石炭
天然ガス
電力(工業用)
ドル/100万BTU
ドル/100万BTU
ドル/100万BTU
セント/kWh
17.2
1.8
4.5
6.9
19.1
4.1
5.8
9.0
11
134
30
31

注:BTUは英国熱量単位Britishthermalunitの略で、主にアメリカで用いられる、メートル法によらない熱量単位。

次に家計に与える影響ですが、上記の価格上昇をもとに計算したものが下表です。
やはり、エネルギー関係の電気使用、自動車の運転への支出が増加します。

二酸化炭素の
使用料
25ドルの炭素価格に
よる支出の増加
支出の増加(%)
年間の電気使用
年間の自動車運転
エコノミークラスでの大陸横断飛行
年間の通信サービス
年間の金融サービス
年間の家計消費
9.34
4.68
0.67
0.01
0.02
29.48
$233.40
$116.90
$16.80
$0.36
$0.41
$737.00
19.45
7.79
5.61
0.04
0.04
0.92

この結果、家計の支出は約1%増加しますので、家計での化石エネルギー使用の削減志向が誘発されるとの見方です。炭素税収入での所得減税があっても、この削減志向は変わらず、減税分は別の消費財に向かうと推察されます。

第4章 炭素税の行方は? 当社にビジネスチャンスはあるでしょうか。

これまでに述べたように、炭素税は必須ですが、それだけでは不十分と言われています。その理由は、炭素税の税額が無制限で良い訳はありません。「気候カジノ」では今世紀末の平均温度上昇2.5℃以下に必要な炭素税を下図のようにシミュレーションしています。2030年に$53/CO2トン、2050年に$161/CO2トンです。この税額は日経の記事(2030年に$150/CO2トン)に比べると安価に見えますが、この条件は、世界の全ての国が炭素税を導入(参加)して、市場が正常な場合です。

またCOP21では今世紀末に2.0℃以下が目標ですから、この税額はさらに上昇するでしょう。
しかし炭素税だけが飛びぬけて高くなった場合、市場に障害が出る可能性もあります。

そこで、世界の各研究機関は、再生可能エネルギーへの大型開発投資を提言しています。年間約3000億ドルから1兆ドル(36兆円から120兆円)くらいの規模を提案しています。これによりエネルギー新産業革命を加速できると同時に、結果として炭素税額も抑制ができるからです。

エネルギー新産業革命はすでに世界各国で始まっています。特にEU市場での例では、再生可能エネルギー-発電、風力発電、太陽光発電の急速な普及でGT(Gas Turbine)複合電設備等の受注が急減しているようです。Financial Times(2015年8月25日)によると、2014年のEU圏内受注(除くロシア)は2007年のピーク時の約10%だそうです。関連企業では大規模な雇用削減と移動(シーメンス2,500人、アルストム1,300人)が計画されるようです。この影響はGT制御監視DCS(Distributed Control System)・振動センサーの受注減少に波及し、EUの同業競業他社(当社と類似会社)はアジア、ロシア、北米、中東市場へのシフトが想定されます。これにより少なからず当社製品の同地域での競争環境はタイトなものになると想定されます。

しかし一方で、再生可能エネルギーの太陽光発電,太陽熱発電、風力発電の急増加とCO2吸収貯蔵、電力用蓄電池の開発が進んでいます。まさにエネルギーの新産業革命が着実に現実化している訳です。当社もこのビジネスチャンスを生かすべく力強く活動する新年となることを期待したいですね。

今後もエネルギーの新産業革命に注目していきたいと思います。(完)

※1ウィリアム・ノードハウス、藤崎香里(訳)「気候カジノ」(日経BP社、2015年3月)
※2小林光慶應義塾大学特任教授・浜田宏一エール大学名誉教授「COP21と日本(下)炭素税、法人減税と一体で」(日本経済新聞朝刊、2015年11月30日付)